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エグランタイン・ジェブ物語

子どもたちの救済に人生をかけて
セーブ・ザ・チルドレン創設者の物語

エグランタイン・ジェブセーブ・ザ・チルドレンの創設者エグランタイン・ジェブは1876年、英国の裕福な家庭に生まれました。幼い頃から自分と全く境遇の違う貧しい子どもたちのことを心にかけ、教師になって彼らを救おうと考えるようになりました。教職の体験から、ジェブは「人類の本当の敵は、洋の東西を問わず、貧困・不衛生・病気・救いようのない無知である」ということを学びました。1913年戦火さなかのバルカンで戦禍に痛めつけられた多くの子どもたちの姿を目の当たりにしたジェブは「すべての戦争は、子どもたちを脅かすものである」と反戦の姿勢を明確にしました。

大戦後の1919年、敵国の子どもたちを援助することなど誰も思いつきもしなかった時代に、ジェブは「私には11才以下の敵はいない」と、戦争によって家を失い、傷つき、孤児になった子どもたちを救済しようと、同じ考えをもつ人々と共に「セーブ・ザ・チルドレン」を設立しました。活動を共にしていた姉のドロシーは、ジェブの当時の活動ぶりを母親にこう書き送くりました。

「エグランタインは、とにかく死にものぐるいで寄付を集めています。飢餓に苦しむ子どもの写真を配って逮捕された時には、罰金5ポンドを言い渡した判事に向かって、寄付を下さい、と言ったほどです。」しかし、他国の子どもを支援することに批判的な声も相変わらず多く、これらの批判に対してはジェブはこう応じています。

「優れた運動は、なかなか受け入れられないものです。批判は、我々に対する賛辞だと受け取っておきましょう」「地球上のすべての子どもたちを救援できるような強力な国際的組織を作っていかなければならない」という揺るぎない信念でジェブは、ジュネーブで国際セーブ・ザ・チルドレン連盟を設立し、初代総裁に就任しました。以後、1928年に病に倒れるまでの数年間、彼女が心血を注いで国際社会に強く働き掛けた「子どもの権利宣言」は、1924年に国際連盟によって採択。ジェブが死んで61年後、その精神を生かした「子どもの権利条約」が国連で採択され、彼女の遺志は21世紀を担う子どもたちを照らしています。「援助は上から与えられる贈り物ではなく、人類愛に根ざしたものであるべきだ。援助は、人種、民族、国境を越えて、各人の能力に応じて実施される、平等な者同士による自助努力を目的としたものであるべきだ」

ジェブの精神は、今もセーブ・ザ・チルドレンの理念であり続けています。

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