「私は我々が子どもの権利について主張し、この権利が普遍的に認識されるよう努力しなければならないと信じています」
(エグランタイン・ジェブ、1923年)
「子どもの基本的人権を否定し続けるような世界では、子どもが幸せに、健康で安心して子どもの時期を過ごせるようすべての子どもの権利を擁護しなければならないのです」
(セーブ・ザ・チルドレンのビジョン・ミッション・価値観に関する声明、1997年)![]()
セーブ・ザ・チルドレンは、私たちの創始者であるエグランタイン・ジェブが子どもたちに関わる先駆的な活動を始めて以来、80年以上に渡って子どもの権利を実現するために全力を注いできました。エグランタイン・ジェブは、セーブ・ザ・チルドレンが現場で行っている実践的な活動への幅広い支持は、大人が子どもに対して義務を負っているという人々の認識を高めることで得られる、と考えました。
今、セーブ・ザ・チルドレンの活動のすべては子どもの権利の実現という一点に集約しています。この根拠となっているのは、18歳未満のすべての人間を対象とし、子どもの権利に関する現在もっとも網羅的な国際文書である「国連子どもの権利条約」です。
人権は、すべての人間が生来備えている価値と尊厳を認識することから導かれます。それは、すべての人間が自由と幸福のために必要な基本条件を持つ権利があるという主張です。
本来、人権というものはある人間が権利を維持するため他者に権利を要求することができるようにするものです。例えば、すべての人間は拷問を受けない権利を有します。これは人権という枠組みの中で道徳的にも法律的にも主張されるものです。ですから、すべての人間はこの権利を尊重し、他者、特に国家による不当な扱いから身を守る手段を提供する義務を負うのです。一般に人権は二つある種類のうちどちらかに当てはまります。一つは市民的政治的権利(いわゆる「第一世代」の人権)で、国家や他者による干渉を受けない権利に焦点を当てています。
例えば生存権、プライバシーの権利、移動の自由、独断的な逮捕からの保護、公平な裁判を受ける権利、信教の自由や政治的自由に対する権利などはこちらになります。第二のグループは経済的社会的文化的権利(いわゆる「第二世代」の人権)で、福祉や幸福に関する権利を扱います。例えば家族の保護、適切な生活水準、教育、健康、そして正当な労働条件などが含まれます。
過去には、子どもに関する特定の権利はより広範な「人権」という枠組みの中で対応できると考えられていました。しかし、子どもは人権に関する文書で扱われているものの、その中では個別に言及されているだけにとどまり、見落とされたり個々の権利が別々に扱われる危険性があります。それでは子どもの保護や配慮を包括的に保証する一貫した権利とはなりえません。
セーブ・ザ・チルドレンは、子どもは大人とは異なったニーズや権利を持つ特別な立場にあり、それゆえに彼らの権利は特別な認識をされなければならないと信じています。人権を一般論として語り子どもの特定の権利を明らかにしないのでは、彼らを守り正当に扱うことが充分にできません。それではただ子どもたちを「見えない」存在にしてしまうだけなのです。
セーブ・ザ・チルドレンは、子どもの人権は子ども一人ひとりを保護し、またすべての子どもがその可能性を最大限に伸ばすことのできる状態を創り出すために必要だと理解しています。子どもの権利には、「子ども期」ーー急速な変化と発達の中で様々な脆弱性を経験する時期ーーという普遍的かつ特殊な立場が決定的に反映されています。
体力的に不十分であること、知識や経験の不足といった事柄によって、大抵の子どもたちは長期に渡り、完全にあるいは部分的に大人に依存しなければなりません。子どもたちの生存や発達は、彼らに対する責任を負う者である大人が提供する配慮とコミットメントにかかっているのです。
セーブ・ザ・チルドレンは、子どもは彼ら自身が家族やコミュニティーの一員として、国家における市民として、自らの権利についてはっきりと認識すべきであると信じています。多くの社会では子どもの意見が正式に聞かれることはありません。
子どもはその身体的・精神的弱さゆえに、広く社会において活発に参加する権利を含む「権利」を侵害されやすいのです。子どもの権利を明示することは、このような排斥を起こりにくくすることにつながります。
子どもの人権は、一般的な人権と同様に他の文化や価値体系に対する「西洋の」押し付けであるととられることがあります。文化によって子どもがどう育てられ扱われるべきかという考え方は異なります。しかしながら、「子どもの権利条約」は世界中でほぼ普遍的に批准されています。これは理念と最低限の基準としての子どもの権利が、各国固有の信条や価値とは関係なくその重要性を認められてきたことを意味します。
いくつかの国では、明らかに子どもの人権を侵害するような慣行が続いています。例えば女子割礼、子どもの虐待や性的搾取、子ども兵士の採用、危険な仕事における子どもの搾取などです。このような場合、子どもは保護される絶対の権利がありますし、そのために大人の支援を得る権利があります。同じように、例えば教育やその他の機会からの女子の排除といった差別の形態は子どもの権利の明らかな否定です。 結果として、子どもの最善の利益のために権利規範は文化の尊重より優先されるべきです。
しかし、その他の多くの側面において、ある国や地域の中で子どもの権利を実現していく上で「子どもの権利条約」にはその文化を尊重し、地域特有の伝統を反映する余地が充分にあります。例えば子どもが文化的活動、遊び、余暇活動に参加することや、子どものために他と区別した少年司法制度の奨励、そして子どもに関わる決定過程に子どもを参加させるようなアプローチなどです。