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ウクライナ
(公開日:2026.06.09)

【ウクライナ危機】爆撃による負傷と回復の記録

 
ナザールさん*(16歳) は、母クセニアさん* 、父、祖母と一緒にウクライナ・ハルキウで暮らしていました。
2022年に全面的な紛争が始まると、彼らの住む地域は市内でも特に激しく砲撃を受ける場所となり、ほぼ毎時間、爆発音が響く状況になりました。 

ある日、自宅の近くにミサイルが着弾し、破片によって火災が発生、家族の車も損壊しました。これをきっかけに、クセニアさんはナザールさんとともにより安全な場所を求めてキーウへ避難します。 
キーウではナザールさんは学校に通えるようになりましたが、2022年10月頃からはキーウでも頻繁に砲撃が始まり、安心して暮らせる状況ではなくなります。そのため、クセニアさん は息子とともにハルキウへ戻る決断をしました。 
家族は「困難なときこそ一緒にいることが大切」と考え、全員でハルキウにとどまることを選びます。紛争が続く1年半の間に、同じ建物の住民のほとんどが避難し、残ったのはわずか6%ほどでした。 


砲撃で負傷した校庭の前を歩くナザールさん


手術後、約2年間にわたるリハビリが始まりました。
治療費を家族だけで賄うことは難しく、クセニアさんはさまざまな団体に支援を求めました。その結果、ウクライナ西部リヴィウのリハビリ施設での治療や、国内では実施できなかった神経再建手術のためのオーストリア渡航が実現します。

また、セーブ・ザ・チルドレンの支援を通して、パートナー団体であるthe Ukrainian Deminers Associationからも、リハビリのための資金が提供されました。 
そして、少しずつ回復の兆しが見え始めます。足がわずかに動くようになり、神経が再びつながって再生し始めていることが確認できたのです。

初めて足が動いたときクセニアさんはとても感動し、何度もナザールさんに足が動かして見せるようお願いしたと言います。

けがをした後の数ヶ月間、ナザールさんは全てを怖がり、病院に治療に行くことさえ心理的負担となっていました。リハビリを始めて少しずつけがから回復するにつれ、気持ちも安定しリハビリも継続することができました。2年間のリハビリについて「お母さんが一番の大きな支えでした。リハビリはとても辛く、お母さんがいなかったら途中でやめていたと思います」と言います。

クセニアさんは、リハビリの2年間毎日ナザールさんのそばで支え続けました。「私が強くなければいけないといつも言い聞かせています。私が弱かったら、家族や子どもたちを支えることができません。子どもたちにその強さを見せることで、ナザールも回復するために強くいることができると思います。」



抱き合うナザールさんと母親のクセニアさん

ウクライナではまだ攻撃が続き、家族が安心して暮らせる環境ではありません。クセニアさんは「紛争が終わって、子どもたちが平和に暮らせる日が来てほしい」 と願います。


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【脚注など】
*プライバシー保護のため名前は変更されています。




























 

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